もういちど、あの時のピアノ教室を

最近のフィットネスクラブでは幼児向けの講座まで開講しているらしい。
どこから情報を知ったのか、うちの子の5歳の誕生日を近くにして、駅前に新しくできたそのスポーツクラブから入会のチラシが届いたのであった。

夜勤明けで遅く起き出した朝には、妻は息子を連れて区の親子教室に出て行っていて、しんとした朝をコーヒー片手に食卓に座り、覚めきらぬ顔でぼおっとしていたところに、このチラシが目に付いたのであった。

もう息子にも幼児教室に通わせる時期が来たのか、と少し考えていると、
今ではIT企業の末端で、ちっとも音楽的でもなんでもない、非芸術的な生活を送っているけれど、と皮肉な言葉がふと口に出てきた。

そういえば、小さい頃はピアノを習っていたのだった。なめらかだった自分の指先を思い出して、マグカップを握る今の自分の丸々太った不格好な親指を見ると、恥ずかしく、苦笑せずにはいられなかった。

思いかえせば、あの頃は、いやだいやだと言いながら、週3日のピアノのレッスンに通っていたのだった。
5歳の時に母親に連れられて、初めてピアノの先生の家にお邪魔した時の記憶、あの時の緊張だけは記憶している。そのほかは覚えているのか、それともあとから作り出した記憶なのかは思い出せない。そんな遠い昔のことになっていた。

中学生になった時、小さなアップライトピアノが家に届いた。進学祝いだと両親が買ってくれたのだった。
でもあの時、それが反動となって、ピアノへ通うのはやめてしまったのだった。
ロックだ、フォークだ、と言って髪を伸ばしてみたりして、特に訳もなくクラシックを低く見下ろしてみた若い頃。

就職が決まって、普通の人になり、妻と出会って、いつの間にか家庭を引っ張る存在に、いつしか遠くここまで歩いてきたのだ。
この道が結果としては合っていたのかもしれないとも思う。しかし、間違っていたとは思わない。

通わされて行き来したピアノ教室、買ってもらったアップライトピアノ、いまでもちゃんとあるのだろうか。
もう弾けないかもしれないけれど、やっと初めて、もう一度弾きたい、今度は自分の気持ちで行きたい、と思えるようになったのだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です